もう一度ゼロから

日々生み出されてる新しいモノ

大半はより便利なモノ。
より楽が出来るのモノ。
人はそこに多くの価値を見出そうとしている。
ほんのちょっと前まで、パソコンも携帯もなかった。でもなんの不自由もなく笑って暮らしていたし。
車の進化だってもはや自分で運転しない方向に向いている。
このままんまいけばランニングシューズもスイッチで自動で走れちゃう世の中も間近かも。。。
最近、反骨精神旺盛な自分は
楽な事が本当に正しいのか疑問に感じたりしてる。
便利さや楽な事がもてはやされてるけど、求めたら全部自分に帰ってくる。その速度で物事を動かさなければならなくなってしまい、それ以上に忙しくなったり辛くなったり。
もう一度最初から始めようよ。
過保護から脱却しよう。
そう語りかけてくれてるかのようなゼロシューズと言う名の
サンダル☆
何もない
ありのまま
それが気持ちいい
痛いも疲れるも大切な事に気づきはじめた
もはや体の一部。
そもそも靴の存在を想定した足で人は生まれてないはず
過保護な進化は人を退化させ、楽する事は長く続かなくなる事だったりする。
早い事より長く続けることに価値があるって信じたい。
サンダルで危ない?
危ないの基準て何?
ここに戻ってこそ初めて自分で価値判断できるシューズ選びが出来る気がする。
本当にいい靴に出会える気がした。
もちろん走る事の為だけの提案ではないよ
縦走時のテン場、キャンプ、川や海の遊び、チャリンコ、街の遊び。
シーンを選ばず快適なアイテム、人はありのままが快適だって気付かせてくれる。
タイソウに語れる何にもしてくれない履物。
メッセージソングのような履物。
おためしあれ。